日本で少子化が進むのは当然である理由

この数日日経新聞少子化対策の連載コラムが載っていたり、全国でお産を取り扱う産婦人科がものすごく少なくなっているという報道があったりして、少子化をめぐる論議が盛り上がっている昨今、なんで子供を生むことにポジティブになれないんだろうと思ったら自分なりに結論が出た。

少子化によって真っ先に破綻する世の中のシステムは年金であり、年金問題は中高齢者VS若年層の世代間闘争であるというのは既にあたり前の話。
ま、年金納付者として見なくても、世の中で娘や嫁に「子供を生め」というおせっかいは「自分が年取ったときに面倒見てもらう人間が必要だろ(もちろん先に自分自身が嫁や娘見てもらうためのロジック」という暗黙の了解が前提となっている。

でも、21世紀の日本において、子育てが合理的な投資といえるだろうか。投資を回収するには子供にはそれなりの収入を確保できるだけの能力を身に着けてもらわなきゃならない。一番手っ取り早い方法として大学に行かせるという方法もあるが*1、子供を小中高とたとえ公立学校に通わせたとしても、それなりの大学に合格させるためには塾や家庭教師をつけたり、書籍をそれなりに買い与えなくてはならない。ま、子供を一人一人前になるまで育てるのにつぎ込まねばならない金額は下手すれば数千万してしまう。ついでに、母親は出産前後の数年は働くことができないし、その後職場に復帰しても勤務形態は制限されるわけだから、給与所得に対する機会損失は結構な額になる。

逆に言えば、子育てをしなければ30代とかで数千万円以上もの余剰資金が転がり込む。この金額をきちんと貯蓄・投資・直儀的には個人年金とかに回した方が(ここで家やマンションといった不動産を買わないことは重要かもしれない)実は老後に得られるリターンが大きくなるのではないか。

幾分(ずいぶん?)乱暴な試算だが、これが正しければ若年層が子供を生み、育てるという経済的合理性は全くなくなる。いくらなんでも出生を善意や母性本能に頼るというのはあまりに確実性がない。今、子育て支援などといっていろいろな施策が打ち出されているが、ちょっとした補助何ぞでこの計算式は逆転するとは思えない。ネオテニー戦略という言葉もあるが、個体そのものは強くなるのだが、その戦略があだとなって、種は減少する。ま、これは強者*2の個体を少なくするという自然界のバランスなのかもしれない。

あ、カウンターが1000を超えました。
ごらん頂いた皆様、ありがとうございます。

*1:別に大学に行ったからといってそれがそのまま高収入につながるかどうかは個別のケースによる。あくまでも確率論の問題

*2:21世紀の現在人類の勝ち負けを測る基準は経済力だ